バイラルビデオ例1

Old Spice
バイラルネタ:CM+フォローアップビデオ

Old Spice テレビCM

概要男性用デオドラントのブランドであるOld Spice(オールドスパイス)のコマーシャル(CM)で、引き締まった上半身裸の黒人男性が、視聴者(女性)に、「あなたの彼(旦那、ボーイフレンド)が、女性用の香りのボディソープを止めて、これを使えば、俺と同じ匂いになれるんだぜ」と、何度も語りかけながら、色んなユーモアを含んだシーンが、テンポよく展開されていました。

ちなみにこのCMは、スーパーボウルで放映されたものです。シーディングの舞台としては、最大限にお金を掛けたもので、CMの中で人気はあり、1ヵ月後にはYoutubeで350万回も視聴されました。

ただその後、単にテレビCMをそのままオンラインに流すのではなく、SNSを介し、捻りを加えた更なるシーディングで、強烈なバイラル(バズ)を生みました。

スーパーボウルの放映の数ヵ月後に、twitterで「今日は普通の日になるか、Old Spice Guyが戻ってくる日かも」的なことをツイートしたのをきっかけに、以降の動きから、巨大なバイラル(バズ)を引き起こしていったわけですが、例えば、体調を崩しているオンラインの有力者(Diggの創立者)に向けて、「Old Spice Guy」からの激励動画をツイートし、相手がそれに対するツイートをして、100万人以上のフォロワーに拡散されたのです。「Old Spice Guy」がそれについて、更にお礼の動画をツイートするなどして、バイラル(バズ)に火がつきました。

他にもインターネットに火を起こす影響力のある、オンラインの有力者や芸能人、媒体などを、戦略的に利用していったのは、やはり大きかったようです。

Facebookなども含めた主要SNS上で、ユーザーからの質問や依頼に、「Old Spice Guy」が直接答えた動画をリアルタイムでアップしていったのですが、その数は3日間で183本にもなり、これらが巨大なバイラル(バズ)を引き起こしました。

なおCMはカンヌ広告祭でグランプリを取り、当時で動画視聴回数9400万回と、Youtubeのスポンサー・チャンネルで最も視聴された動画になり、商品売上も倍増し、死にかけていたブランドを見事に再生させました。

解説このコマーシャルは、シーディング方法が画期的であったことは誰の目にも明らかで、バイラル(バズ)に火をつけたのは、フォローアップビデオが基点だったのは間違いありません。

ただ元のCMも、色んな意味でよく考えられていたのですが、このポイントについては、おそらく大半の日本人の方が見ても、理解できない部分もあると予想できるので、簡単ながら解説しておきます。

まず彼の台詞には、ユーモアが入っていて、従来のCMを皮肉ったパロディーになっているのが、1つの特徴と言えます。

冒頭の「Hello ladies. Look at your man, now back to me.‥ Sadly, he isn’t me.」から、女性視聴者に対して、「彼(自分の彼氏や旦那)を見て。俺を見て。(中略)俺じゃなくて残念だね」と高飛車な台詞ではあるのですが、愛嬌のあるキャラでそれを言っている時点から、ユーモアの導線は始まっています。

一般にアメリカでは、女性(妻・ガールフレンド)のして欲しいことや、したいことに対して、男性は無頓着です。また例えばバレエやオペラ、ミュージカルなどのショーや演劇を観るといった、より”女性っぽい”ことを一緒に行うことに、男性は抵抗感を持ち、非協力的であることに不満を抱いている女性が多いという、ステレオタイプ的な考えがあります。

従来のCMでは、そういった女性心理を想定した、女性を喜ばす、ステレオタイプ的な”理想の男”が、例えばダイヤの指輪をプレゼントし、受け取った女性が涙して喜ぶ、というようなパターンがありがちです。(ただそういうものは、どんどん視聴者からの受けが悪くなってきていると言えるでしょう。)

そういう背景を踏まえ、例えば「Here's an oyster with two tickets to that thing you love」という台詞のシーンは、オイスターからチケットが出てきて、更にこぼれ落ちるダイヤモンドに変化させることで、(CMでよくありがちな)”理想の男性像”を、皮肉的なユーモアを込めて、より極端に描いているのです。

最後の「I'm on a horse」にしても、女性はプリンセスとして、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる、もしくはヒーローが助けに来てくれるのを待っている、という古典的な観念に引っ掛けたパロディーです。

つまり全体を通して、ステレオタイプ的な「理想の男」のイメージを、オーバーな演出でユーモアを交えながら、愛嬌のあるキャラクターの男性が、何度も女性視聴者に語りかけているCMなのです。

考察マーケティング的な観点からみても、できるだけ広いターゲット層に受けるために、男性用ボディソープのCMが、あえて女性の視聴者をターゲットに構成されていたのは、斬新な試みでした。

もしもCMが、単にセクシーな男性というだけのポイントしかなければ、おそらく女性視聴者には、CMを凝視するには抵抗感(照れ)が強過ぎて、きっちりと観てもらえないことも予想できます。露骨なセクシーさに加え、チャームとユーモアもしっかり感じさせられたことで、女性視聴者にも不快感なく、楽しく観られるように仕上げていると言えます。

また有名タレントやスポーツ選手を使った、「この製品を使えば、××になれる(=憧れ)」、もしくは「この製品を使わないと××になる。(=説教・脅迫観念)」を、クールに訴求するような従来型コマーシャルとは違い、バイラルになれるほどの、捻りのあるユーモアが入っていたことは、視聴者にとっても新鮮な感覚だったと思います(主演の黒人男性は、元NFL選手で、その後役者に転向したらしいのですが、それほど知名度はありませんでした)

またCMに関心を持たせるのが一番難しいとされる、若い年齢層に対しても、この俳優の語り口調とテンポ、目線、キャラクターなどで、人の注目を最後まで、うまく引き付けるような構成に仕上げられていたと言えます。

本人たちから直接聞いた裏話:

主演の彼は、オーディションで待っている間、何人もの人が、オーディションルームに入ってから5分くらいで出てくる状況を見ていたそうです。そして自分の前に入っていった男性だけが、15分くらいでようやく出てきたのを見て、「自分がどうしても採用されたければ、何か違ったことをやるしかない」と強く悟ったそうです。そこで、彼は急遽、自分のキャラを考え出し、オーディションに臨み、見事採用されたのですが、そのキャラこそ、CMで演じている彼そのものなのです。

プロデューサー曰く、元々のストーリーボードでは、主演はファビオ(かつてロマンス小説などで必ず出てきた、アメリカのセクシー系モデル・俳優の代表格)的なルックスの男性を、オーバーアクションで究極のステレオタイプとして、ユーモアに変える路線で考えていたそうです。ところが、運よくオーディションで彼のキャラに出会い、考えを変え、結果的にそれが大ヒットを生んだのです。逆に想定通りのファビオ風の俳優でいっていたならば、おそらく失敗していたでしょう(後のユーザーのコメントや彼らの試みからも、ある程度証明されています)

大手広告代理店が考えたからとか、良いアイデアがあるから必ず成功するというわけではなく、運も必要ということでしょう。

またシーディングの過程での、SNS上のフォローアップビデオの公開を、通常のプロセスで制作して、クライアントに承認を得ていてはとても間に合わず、クライアントから最初に提示されていた、ブランドマネージメントの細かいルール書を無視して、進めなければならなかったケースもあったそうです。バイラルを起こすには、時にはリスクをとる事も必要ということでしょう。

バイラルビデオ例 「Old Spice」